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「佐貴良を月と並べてみると、皇の血筋だという錯覚にとらわれることがあるんだ」
ぼんやりとした眼で、棗は知らず知らずに言葉を発していた。
ずっと思っていたことなのに、一度も口にしたことがない言葉だ。
佐貴良の驚いた顔がこちらを向いて、棗の呆けた顔に笑いを浮かべた。
「なに言ってるんだよ。月に中てられたか?俺はただの樂人の息子だ」
「でも、ずっと思ってた」
「そんな事を言ったら、棗の方こそ皇の血をひいていそうな雰囲気だ」
信じられない発言だったので、棗は冗談だと解釈した。
「へ…変な事言うなよ」
「……なんてな」
覗き込んだ佐貴良の瞳は今にも闇に溶けだしそうだ。
そのまなざしは、真剣な佐貴良のときのものだった。
棗はたじろいだ。
冗談ですまそうとしている佐貴良がそこにいる。
「……」
真剣な表情のまま、佐貴良は方向をかえて川面を眺めた。
何か言おうか言わまいか、迷っている風だった。
「なにか、俺に隠していることがあるのか?言ってくれよ」
「匂い」
「ん?」
「棗は香の匂いがするんだ」
「そんなの、する?」
訝しげに佐貴良の顔をみた棗だったが、佐貴良の思ったよりも真剣な表情に面食らってしまった。
自分の衣の裾に鼻を擦り付ける。しかし、先ほどの馬の匂いしかしない。
「うえ。馬の匂いしかしない」
「いいや。するんだ。お前は知らないかもしれないが、ばあ様や小父さん達、女の子たちもそういう噂をとうの昔からしてたんだぜ」
「え?」
棗は表情をこわばらせて 、そのまま動けなくなっていた。
自分の知らない自分の香り。
考えただけで気味が悪かった。
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