ダム、廃村、思い出

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「山のダムだろ? 村が沈んでるやつ。昔からよく行ってるのは知ってたけどまだ行ってたとはな。佐藤くんと一緒か?」 「野暮なこと訊くんじゃないよ」 「不純だなぁ」  嘘だけどね。 「……あぁ、だから長靴」 「そ。昨日おまえの靴履いたらビショビショになっちゃってな。さっきそれを母さんに言ったらダムに行ってるって言うもんだからもう濡れないようにと」  腕に抱えた長靴を眺める。黒いゴムが基調の、なかなかゴツいやつ。「それ農業用だから」と補足が加えられる。  無下に扱うのも気が引けるので手短にお礼を言って長靴を靴箱に収納し、今度こそ居間へ。母さんがソファに寝そべってお茶を啜りながらドラマの再放送にかじり付いていた。行儀悪っ。 「佐藤くんに会った?」 「……まあ」 「佐藤くん彼女ができたんだって。佐藤くんのお母さんがこの前話してた」 「あっそ」 「ダムには佐藤くんも一緒に行ったの? あんたたち昔から一緒に行ってたじゃない。何度殴って叱ったって聞きやしないんだから」  右側頭部をさする。殴られた痛みと記憶が甦っていた。 「あんたも佐藤くんみたいに彼女いないの? もう佐藤くんに紹介してもらいなさいよ」「余計なお世話だ」  チャーハンをよそって、口一杯に頬張る。「行儀悪いわね」と自分棚上げの注意を受けたが、頬張ったご飯が飛びかねないので無視する。それでいい。これ以上母さんが佐藤の話を振ってくるのは耐えられそうになかった。  両親は僕と友人ーー佐藤と仲違いをしていることを知らない。だから当然のように佐藤の名前がでてくるし、親も気兼ねしない。  いまだに僕と佐藤はとても仲のいい幼馴染みと勘違いしたまま、その勘違いもかれこれ今年で六年だ。あのダムで仲違いした小学校四年生から高校一年生までの間、僕は親から出される元友人と普通に交流があるように欺いてきた。親に嘘をつき続けるのに多少の罪悪感は芽生えるのだが、親には親にだって近所付き合いというものがある。息子同士に確執があるとなれば親同士もやりづらいものがあるだろう。
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