ダム、廃村、思い出

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 一つ、二つ、三つ。  数を追う毎に視界が低くなる。  四つ、五つ、六つ。  視界の低下はなんの関連性を持ってか、気温の低下と同時進行している。  立ち入り禁止の鎖がかけられた金網を乗り越え、山の斜面に通っている階段を下るとそこにはダムがあった。長い階段は何回かに折り返しが設けられていて、これで六つ目だ。左右を木々に覆われていて視界は良好とは言いがたいが、その隙間から植物のそれとは異なる色合いの緑が見えていて、それが水面だろう。遠目にも差異がはっきりと見てとれるほどに両者は異なる。  本当はさっさと駆け降りてしまいたかったのだが、今日それをやると危ない。昨夜降った雨のせいで階段はぬかるんでいて非常に歩きづらかった。落差はないものの一段の狭さがこけてしまうのではないかという不安を煽られる。六月のこの時期雨よ降るなと願うのは無理な話だが、わかっていてもやはり陰鬱とした気分にさせられてしまう。  ドクン、ドクン、ドクン。ここにくるというのはなかなか勇気が必要とされる。体の底に埋まったトラウマに似た記憶がむくむくと甦って、それはまるで吐き気のようだった。  けれど、僕は降りなければならない。  ダムに沈めてしまった、大事なものを取り返すために。
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