ダム、廃村、思い出

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◆◆◆  このダムは正式名称を刺芦之ダムといい、発電施設も兼ねている。  山の中腹から少しだけ上ったところにダムはあって、麓の町にすむ僕らの生活の基盤にあるはずだったが、場所が場所だけに現実感というものが欠如していた。徒歩でやって来るには坂もきついし距離がありすぎる。車で来たってそれは変わらない。近くに公園はあるのだが、公園とは名ばかりで遊具はほとんどない、中高生のランニングコースというのが最たる使用目的。望んで訪れるのは酔狂者以外の何者でもないだろう。  そんな立地だからか、このダムは人の手というものがほとんど入っていないように見える。発電施設もあるのだから完璧な自然というわけはないが、そこだけだ。他はこの階段と、その終わりから伸びる僅かな歩道しか手が加えられていない。もちろんそれも舗装なんて概念はなくただの畦道。階段と仲良くぬかるみ放題だ。足がとられてめちゃくちゃ歩きづらい。  風が吹き抜けて音が生まれる。木々のざわめき。水の打つ音。調和がとれた音たちを乱しているみたいに重い足音。自分の足からそれが聞こえてくるとは思えないほど、この場にはふさわしくない気がしてならない。  人ならぬモノの世界。そんな言葉がピッタリだ。  手近にある小石に躓いてしまい、あわや大惨事になりかけた。ちくしょう、そう言いながら小石を拾い上げ八つ当たり気味に投擲する。遠くに投げたつもりがすぐ近くに叩きつけてしまった。僕に野球選手の才能はないな。  ……そういえば。  甦った記憶との合致点がありすぎて唾でも吐き出してやりたい。くそ、まだ吐き気も治まっちゃいないってのに。  子供の笑い声。  過去の思い出  持っていたモノ。  沈めてしまったモノ。  大事だったはずなのに、どうして、何故あんなこと。
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