ダム、廃村、思い出

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「あー、あー……っとに」  開けた場所だからか、さっきまで辺りを埋め尽くしていた土と植物と、何か腐敗したような臭いも和らいでいた。風の流れがここにはあるから換気が行われているのかもしれない。野外に換気も何もないのだけれど。  不思議な高揚感が生まれていることに気がつくが、依然として拭えない吐き気も健在で僕の体調は支離滅裂だ。そのうち引き裂かれてしまうかもしれない。  歩いていくと小さな案内板が見えてきた。僕の胸の高さくらいで、押してしまえば途端にバラバラになってしまいそうな佇まいは絡み付いた蔦やこびりつく苔が演出していた。  ホラーみたいだ。安直にそんな感想が浮かんだ。  放置されてからかなり年月がたっているらしく文字も剥げかけていて、よく見ればこの辺りの地図を示しているのだと気づく。中央には『刺芦之村』とおどろおどろしい字面が。触れてみると『刺芦之村』の『刺』の字がパラパラと剥がれてしまって『芦之村』になってしまった。 「罰当たりめー」  ふはは。笑ってみたけど、虚しさ倍増だった。  このダムには村が沈んでいる。大きな村なのか、小さな村なのか、沈められることに反対した者がいたのか否かも、何も知らない。まだ小学生だったころ父に聞いた話だったが、しかし父も詳しい話は知らないようで村が沈んでいる、それだけを教えてくれた。  夏場などにダムか干上がったりでもすれば沈んだ村が目にできるようだが、今は六月だ、縁の無い話だった。干上がってくれれば『探し物』もはかどるはずなのに。  てか、この時期にやるのは間違いだな。連日降り続いた雨で水位が上がってる。人の手の入った歩道までは浸水していないが、そこから先は歩行不可能だろう。素潜りでもする気概があれば話は別なのだけど。 「同じ六月でも全然違うな」  ここで大切なモノを沈めてしまったのもたしか六月だった。梅雨だというのに全く雨か降らなくて、干上がってしまうのではないかという噂がどこからか♪流れていた。だからまだ子供な『僕ら』でもここに来て、大切なモノを沈めてしまった。  僅かに揺れる水面に定まらない視線を泳がせて、今後のことを考えてみて。時期尚早だったと悟る。  剥がれ落ちた『刺』の字を拾って、一応は張っつけてみたけど今度は粉々になった。会心の一撃! とおどけてみたが虚しさ倍以下略。  ごめんなさい。  足は階段を目指し始めた。
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