ダム、廃村、思い出

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「何してんの」  上から下まで、僕が女だったらセクハラで訴えてやろうという視線の動きで佐藤は観察を止めない。 「か、回覧板を回しに来ただ」  どもった上に不思議な方言になってしまった。ますます怪しまれた。  佐藤は、黙ったままだった。じー、と僕のめを見ているだけで何か口が動いたりなどはない。近所のおばさんが横を通りすぎる際すごい目で僕らを見ていた。まあ、男二人で見つめあってたらそりゃね。  帰れって目で語ってるのか……?  佐藤が口を開いたのは僕が回覧板をさっさと渡して帰ればよかったのだと気が付いたのと同じ頃だった。 「おまえ、昨日さ……」  昨日。昨日? 昨日佐藤と会っただろうか。土曜日の昨日は夕方ダムに向かうまでは家に籠っていたので、会話をしたのは家族だけだ。ダムに向かう際も誰かとすれ違った記憶もないし、人通りの多い道など通っていないのでそこを見られたとは考えづらいだろう。  はてな。 「いや、何でもない。回覧板サンキューな」  と言って、何処かへ立ち去っていった。ポツンと佐藤家の前に僕は残される。  ……帰るか。  ポストに突っ込んで、十五秒の帰路についた。  はぁ、と溜め息を落としながら靴を脱ぎ昼食をとろうと居間に行くと、 「ん」  また父さんとぶつかりそうになる。待ち伏せでもしてるのか、このタイミング。 「……何これ」  既視の光景。また何かを乱暴に押し付けられた。今度はなんだ。 「これ知らないのか。長靴って言ってな、雨の日とかは靴下が濡れなくていい超お役立ちアイテムだ。不恰好なのは否めないが、まあ父さん機能重視だから」  それくらいわかるわ。何で長靴を差し出してんだって言ってんの。僕もう高校生だぞこんなの履くわけないだろ。と抗議と疑問をいっしょくたにしてみると、 「おまえダムによく行ってるんだってな」 「誰から聞いたの」  わかりきってるが聞いてみた。 「母さんが嬉々として話してたぞ。怪我でもしたらどうするんだって」  嬉々としてないからそれ。怒ってるから。  顔はさっき見たまま死んでるが、声の調子と饒舌さから察するに満腹で機嫌もアゲアゲなのだろう。顔は死んでるけど。
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