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世界は静寂に満たされていて、そこに在るのはわたしという存在だけ。周囲には誰もいない。
ただわたしだけが壊れた人形のように路面に横たわり、一人ポツンと雨に打たれている。
路面には赤い絵具のようなモノが拡がっていた。どんよりとした赤い色。どうしてか、それを見ていると酷く気分が悪くなる。
しかし、その絵具に似た不快なモノは、わたしの回りを覆っていた。
なんとなく自分に何が起きたのか分かっている。
恐らく人身事故に遭ったのだろう。何かがわたしの身体に衝突したのは憶えていたからだ。
事故を引き起こした運転手は逃走を図ったらしい。身勝手な人間だ。
薄れ行く意識の中で考える。自分の人生のなんと虚しかったことか。思えば辛いことばかりだった。
兄が失踪してからというもの楽しかったことがあまりない。思い出すことと言えば嫌な思い出ばかり。日々苦痛だった。
だから、こんな風に哀れな末路を迎えることになっても、なんの悲しみもなかった。むしろわたしを虐げる世界から開放される喜びがある。
まもなくわたしはこの世から去るだろう。願わくは、死後の世界があることを切に思う。
そこにはきっと幸福があるからだ。 わたしの大好きな思い出。それは兄がいた頃の思い出。
兄とまた会えるかもしれない。それがわたしの荒んだ心を優しく包み込んでいた。
――さようなら。
唾棄(だき)すべきくだらない世界――。
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