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主の体温で葉の脳裏に浮かぶのは、香月に抱き締められた時の、あの温もり。
――もう会えない。
――奪ったのは。
ぐるぐると再び回るその思考に、葉は所在無さげにさ迷わせていた己の右腕を、獣化させた。
鋭く尖ったこの爪ならば、主の背から心臓を貫くのは、容易いだろうと思った。
どくんどくん、と高鳴る鼓動の音。
葉は獣化を行っていない左手を主の背に回し、右腕を振りかざした。
主は静かに瞼を瞑り、息を吸った。
『俺とお前の境遇は、似ている……可笑しいほどに』
息と共に吐き出された言葉に、葉の爪は、主の背に突き刺さる手前で、ピタリと止まった。
『お前になら、殺されてやってもいい』
『何を……言っているの』
主の背を貫くことをしなかった腕だけでなく、絞り出す声も震え、葉はごくりと息を飲む。
主は、ふっ、と自嘲気味に笑みを浮かべ、葉に聞かせるだけでなく、自分自身にも聞かせるかのように、語り出す。
二人を見下ろすカグラが風に揺られて音をたてるが、そのさざめき以外の音は、聞こえない。
『俺の父は、お前の親のように愚かな行為をはたらき、今は亡き緋羅様の手により葬られた』
『!』
『本来なら。王家の制裁により、お前たち一族のように、俺も母や弟たちと共に葬られるはずだったんだ。だが気がつけば、俺はこの館に隔離されていて、理由は知らされぬまま何の咎めを受けることなく生かされた』
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