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序章
『世界』と『世界』を繋ぐ橋の上。
『世界』から『世界』を目指し、足を進める女がいた。
橋の上は、音もなければ風もなく、光もない。
視界に映るものも、感じる物も、何もない。
夜の暗さとまた違い、灯りの消えた部屋の暗さともまた違う。
この場を表現することのできる色など、この世には存在しないだろう。
しかし、その女の緋の色の瞳は、まるで全てを写しているかのように、揺れることなく前を見据えていた。
女は、時折、桜色の唇を薄く開き、苦しげな息を吐くと、汗で頬に張り付く漆黒の髪を、先の尖った耳にかけた。
その度に、女の真珠のような肌が露わになる。
純白のドレスと、それに付着する多量の血痕。
それらさえなければ、女を見た者は、皆、頬を朱に染め見惚れたに違いない。
それ程、女の顔は美しかった。
ふいに、女の視界に、白い何かが過った。
同時に、皮膚に冷たい感触。
女は、足を止めた。
そして、静かに、後ろを振り返る。
すると、先程まで何もなかったはずの背後には、水面を揺らし流るる川があった。
足元を見れば、草木が生い茂る大地があった。
音が聞こえる。
色が見える。
橋を渡りきったのだと、女は察した。
女は天を見上げた。
ゆっくりと、しかし、次々に。
“ソレ”は、まるで羽のように舞い降りてくる。
「……綺麗」
女は腕を伸ばし、掌で“ソレ”を受け止めようとした。
しかし、女の手は途中で空(クウ)を強く握りしめ、“ソレ”に触れることなく、手を下ろした。
「駄目、よね」
女は自分に言い聞かせるように、もしくは誰かに確かめるかのように、小さく呟いた。
「ずっと、愛してる」
それから、女は――
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