決めた道

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 じんじんと広がっていく痛みに、利洲は頭を押さえながら、隣で同じく片膝をたてて跪く男に横目を向けたけれど、男は素知らぬ顔で緋依に頭を垂れた。 『鈍い音がしたわよ』 『……加減は致しましたので』  嘘つけ、と利洲は恨めしげに目を細めたが、確かに、自分の振る舞いは姫君相手への振る舞いではなかったと、男を見習い緋依の前で頭を垂れた。 『ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません……本日から、新たに姫様の餌となるべく参りました、鮫一族の……利洲と申します』  利洲は名を名乗るときだけ、僅かに躊躇をみせた。 『りす?』 『……はい』  その理由は、昔から、見た目に釣り合わない自分の名を名乗ることが、あまり好きではなかったからだ。  大抵の者は、利洲の名を聞くと、笑う。  大柄で肉食獣ならではの厳つい雰囲気をもつ利洲に、某小動物の名前と同じ響きのよみの名は、あまりにも不相応だ、と。 『面白い名前ね』  そして、緋依も笑った。   『字はどう書くの?』 『は?』  だが、緋依の笑みには嘲笑の響きは含まれておらず、さらに、利洲は聞かれたこともないことを聞かれたもんだから、思わず利洲の口からは気の抜けた声がでてしまった。  横から刺さるよう視線を感じ、ハッと頭部の痛みを思い出して、慌てて口を閉じたが。 『珍しい名前だから、どんな字をあてるのかしらと思って』   『はい……利口の利に、高洲の洲(しゅう)で、“りす”です』 『へえ、いい名前ね』  感心したように頷く緋依。 『……え?』 『洲(しゅう)という字には大陸という意味があるのよ。海の中で暮らす鮫の貴方につける名前にしては、なんだか意味深いものがありそうよ』  利洲はいい名前だなんて言われたのは産まれて初めてで、妙な気恥ずかしさを感じ、無礼という言葉を忘れ、思わず顔を上げてしまった。  利洲と緋依の目が合う。  利洲は、緋依の瞳の色が、細身の男と同色だということに気がついた。
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