決めた道

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 縛り付けられ、動けなくなるような錯覚を抱かせるその瞳に、利洲は背筋に悪寒が走り、肩に力が入った。  そんな利洲の様子を見ても、緋依は叱ることなく、温かい笑みを浮かべていた。  その微笑み方。  漆黒の、美しく長い髪。  白く透き通るような肌を、淡い緑色のシンプルなドレスで着飾るその姿は、女ならではの美しさが備わっている。  やはり利洲には、緋依が十三歳だとは、とても思うことがなかった。 『庵、案内ご苦労様。ちょっと出てて』  緋依が細身の男……庵に部屋から出ていくようにと促すと、庵は下げていた頭をあげた。 『姫様……』 『お願い……わかるでしょ?』  庵はどこか渋るような素振りを見せながらも、緋依の困ったように眉を垂らして笑う表情に、必死に痛みを我慢するかのように唇を噛み締め瞼を閉じると、立ち上がった。 『庵』 『……はい』  利洲は、後に理解する。  庵が緋依の傍に自分を残して部屋から出ていくことが、庵にとってどれほど悲痛な思いだったことか、と。 『……失礼します。――』 『!』  庵が何かを唱えて姿を消すと、転移術を初めて目にした利洲は、思わず目を見張る。  しかし、利洲は転移術について問うよりも、気になったことを緋依に尋ねた。 『姫様、何故あの方を?』 『……そろそろ、貴方から血を頂きたいの』  返ってきた答えに、利洲は首を傾げる。  この時の利洲は、陸の上のことに関して本当に無知だった。  禁忌にかかわるものや身分制度などについては学んできたし、トアをまとめるヴァンパイア王家の存在などについても、知ってはいた。  けれど、海の底で暮らす鮫一族に、ヴァンパイアは普段あまり関与しない。  ここ数年間の王家内のお家騒動、王族にしか伝わらない瞳、ヴァンパイアの餌からの吸血方法といった、ヴァンパイアの生態についてを、利洲はほとんど知らず。  まさか、まさか自分が、女に腰砕きにされるなんて、利洲は思ってもいなかった。
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