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利洲は先ほど庵の言った『私が望んだ』という言葉を思い浮かべると、何故、緋依がそこまで悲観する表情を浮かべるのか、と疑問に思った。
『……。もう一つ、聞いてもよろしいですか』
『ええ』
『何故……俺は、姫様の餌に選ばれたのですか』
『……』
垂れていた緋依の眉がスッと元の位置に戻り、利洲の苦手な緋の瞳が、静かに自分を見据えた。
利洲は血を吸われて高揚していたからか、その瞳に臆すことなく、答えを待った。
利洲の家系は、代々、鮫一族の長の護衛を生業としている。
当然、利洲も幼い頃から厳しい鍛練を積み重ねきており、利洲は自分の命は長のために捧げることを自身に誓っていた。
だからこそ、先日、長直々にヴァンパイアの姫の餌になることを命じられたとき、利洲は愕然とし、何度も嫌だと訴えた。
何故自分なのか、他にもいるじゃないか、と。
ところが、鮫一族の長は、利洲の訴えにただ黙って首を横に振り、『お前しかいないのだ』と言うだけだった。
納得を得る答えを返されないままだったが、長の命に逆らえる者などおらず、一族総出で見送られ、利洲は苦渋の思いで陸の地に足をつけた。
風が吹き、さざめく波の音に名残惜しさを感じ、何度も後ろを振り返りながら、利洲は城に来たのだ。
しかし、立ち去るときの庵の表情と、吸血行為のあとの緋依の表情から、二匹が新たな餌である自分を快く迎えたわけではないことは、利洲にも伝わっていた。
――なのに何故、俺をココに呼んだのか――
――何故、俺でなければならなかったのか――
利洲は、自らの命を永久に主に捧げる“餌”として生きていくために、納得出来る答え、理由が欲しかった。
鮫の視力の悪さを知ってか、緋依の部屋の中には、利洲と庵が歩いてきた廊下に比べて、多くのロウソクが宙に漂っている。
一本のロウソクが緋依の左頬を横切ると、緋依は首を左にこてんと傾けて、自身の右の首筋を指差した。
『……庵の血だけでは、足りないの』
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