決めた道

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 利洲の屋敷は和の造り。  利洲は畳に寝転がり、何をするわけでもなく、生きることも死ぬことも出来ず、ただ、逃げ続けた。  そんな利洲を立ち上がらせたのは、利洲が守るべき者である鮫一族の長、甚平(じんべい)だった。 『利洲、いつまで塞ぎ込んでおるのだ』 『っ!? 長、何故こちらに!』  甚平は利洲を殴ったわけでも、怒鳴りつけたわけでもなく、ふすま越しにただ一言。 『お前を産んだのはお前の母だ』 『何を、』 『お前は亡き母までも否定する気か』  そう、言っただけだった。 『……母上を、否定など、』  しかし、殴られるよりも怒鳴られるより、甚平の言葉はガツンと利洲の胸に響いた。  “どうして自分は生まれたのか”。  その問いは、“どうして母は自分を生んだのか”と同意。  利洲は、無意識に母の思いを無下にしてしまっていたことに、気がついた。  利洲は乱雑に、手の甲で涙を拭うと、一歩、部屋から足を踏み出して、父の元へと向かった。    部下を引き連れ歩いていた利洲の父は、しばらくぶりに目にする利洲の姿に足を止め、利洲の表情を一瞥すると、近くにいた部下の一匹に指示を出した。  その場を離れたその部下が、一本の刀を手に戻ってくると、部下は利洲の父にその刀を渡した。  利洲の父は、鞘に収まった刀を利洲に差し出し、両手で刀を受けとる利洲を見下ろしながら、こう言った。 『これは、お前の母の鱗で造られた刀だ』 『!?』 『己の無力さを噛み締め、日々鍛練に励め』 『……』  利洲の手にある刀が、重みを増した。  利洲の父はそれだけ言うと、利洲に背を向け、歩き出した。  しかし、三、四歩歩いたところで、利洲の父は足を止めた。 『お前の母は、お前を愛していた……その思いも、忘れるな』 『……っ、はいっ』  後ろを振り返ることなく、ぽつりと落とされた言葉に……利洲の胸は締め上げられ、雫が二滴、利洲の目からこぼれ落ちた。
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