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 香月の声には、弱々しさの他に、諦めのような響きもあった。  ふっと、香月の葉を抱き締める腕の力が弱められ、香月は葉の肩から額を離した。  葉は酸素を肺に取り入れつつ、香月の顔を見上げると、見えた香月の表情は声色と同じく弱々しくて、どこか眩しそうに目を細め、自分の顔をじっと見下ろしていた。  虎が成獣として認められる歳は、十とされている。  そして香月は、ついこないだ十の誕生日を迎え、成獣の儀を終えたばかりだった。  たとえ末端であろうとも、香月は虎一族長の家系の一匹であり、虎一族の『掟』に従って、香月には成獣の儀の日に“婚約者”がつけられていた。  しかし、まだ殿方との床のつき方すらも学んでいなかった葉は、一族の婚約制度もまだ知り得なかった。 『ほんと!?じゃあかーくん、わたしをおよめさんにしてくれる!?』 『っ!!』  香月の言葉に、自分たちは相思相愛なんだと思い込み、意気揚々と喜びの声をあげ、思わずそらしたくなるほどの眩しい笑顔を香月に向けた。  すると、香月は込み上げてくる想いをこらえるかのように、口を引き結び、眉を寄せた。 『……かーくん?』  香月の厳しい表情を見て不安になった葉が香月に呼び掛けると、そっと、葉の左頬に香月の右手が添えられた。  葉は首を横に傾げ、香月を見上げる。 『……ほんと、葉ちゃんが欲しいよ』  チラリと口から鋭い歯を覗かせながらそう呟いた香月は、するりと葉の頬から顎に手をスライドさせた。 『んっ』  そして、葉の唇に優しく口づけを落とした。  ヴァンパイアであろうとも、黒豹であろうとも、鷹であろうとも、鮫であろうとも、そして……虎であろうとも。 『……俺は、葉ちゃんが欲しいのに』  トアの獣が唇に落とす“口づけ”の意は――愛してる。
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