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『しっかり捕まっていてね』
葉を背に乗せた香月は、脱兎のごとく駆け出し、近隣の森へと抜けた。
時は昼頃。
普段、虎一族は食糧を採る目的以外に、森に足を踏み入れることなどない。
脇目も降らず駆け抜ける香月と葉という、異常な光景に、住み処へと逃げ帰る生物もいる。
一体、虎一族に何が起こっているのか……それは、葉にもわからない。
『かーくん、』
『お願いだから……少し静かにしてて』
一体、何事なのかと葉が香月に尋ねようとうとしても、香月は何かに焦っているかのように、答えてはくれない。
そのため、葉は振り落とされないよう、香月に強くしがみつきながら、どくんどくんと高鳴る心臓の音を、必死に止めようとするしかなかった。
やがて、二匹が森の奥の奥にそびえ立つ、一本の大木の前にたどり着くと、香月はようやく足を止めた。
『降りて』
香月は葉を背から降ろし、元のヒトガタへと姿を戻した。
『……葉ちゃん、ごめん』
『え?』
『俺も父上も……甘かったみたい』
そう、悔しそうに口を歪める香月の視線を追って、葉も後ろを振り返る。
『……』
いつから、そこにいたのか。
一匹の黒豹が、その突き刺すような鋭い赤い目で、香月と葉をジッと見据えていた。
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