170人が本棚に入れています
本棚に追加
もしも、自分から父や母、兄や弟たち、そして香月の記憶が奪われていたかもしれないと思うと、葉はゾッとした。
そして同時に、今まで自分を包むこの腕の温もりに守られていたことにも、ゾッとした。
思い返すとこの何十年間、口で罵倒されることは多々あっても、この腕が自分を苛めるのは、吸血行為で逃がさぬよう捕らえる時だけだった。
血を吸われているときは快感が、それ以外の時は常に憎しみが支配していた葉の心は、一度だって主を“怖い”と思うことはなかった。
それなのに、葉は今、初めて主の存在が怖くなった。
『――何を考えているのか知らねえけど、俺のことは憎んだままでいいんだからな』
『何を、』
葉が主の腕に視線を落としていると、主はいつもの嘲笑うような口調で葉に言う。
『俺はお前にとって憎むべき相手だろうが』
『っ、』
何故。
いつから主はこの温かい両腕で、葉の“復讐心”を守ってくれていたのだろうか。
(怖い)
『俺を憎んで……離れるな』
(怖い)
『にしても俺、お前のこの髪だけは綺麗だと思うぜ』
――憎めなくなることが、怖い。
最初のコメントを投稿しよう!