②

26/28
前へ
/157ページ
次へ
 暫く、葉は眠れない夜が続いた。    香月だけを想って死にたい、大切な者たちを奪った者に心を奪われるなんて、あってはならないと自身に言い聞かせる。  言い聞かせている時点で既に手遅れだということに、葉は薄々感づいていたのだが、認めるわけにはいかなかった。 『……お前も、たまには外行くか』 『え?』 『一緒に来い』  ベッドの上で吸血行為を終え、力無く主の胸にもたれ掛かり座る葉に、気遣うように主は言った。 『……嫌』  憎い。  憎い。  他者から血を与えてもらわねば生きていけない、あの姑息で醜悪な吸血鬼という名の獣が、憎い。  葉は、何度も何度も己に言い聞かせる。 『おいこら、どこ行く……命令だ、服は用意してやるから共に来い』  逃げるようにベッドから離れようとした葉を、主はその手で引き留める。  まっすぐ見つめてくる緋色の瞳は、力を使ったわけでもないのに、葉を縛り付けて離さない。  葉の胸に巣食うのは、言い様のない罪悪感。  もう手遅れだ――と、誰かが胸の内で囁く。 『俺は変わりモンだからな。城には住みたくねえんだよ』 (かーくんが最期に誰を想って死んでいったのか、思い出せ。父や母、兄たちを奪ったのは誰なのか、考えろ) 『俺には王位継承権なんてないし、そもそも権力とか、ンなもんいらねえし』 (今、目の前にいる、この男の仲間ではないのか)   『こうやって、馬鹿みたいにコイツが咲くのを待ってる方が、よっぽど楽しい』  葉を外へと連れ出した主が見上げる大木の名は――“カグラ”。  種から芽吹くまで、八百年。  大木の大きさへと成長するまで、千八百年。  枝に葉を繁らせ始めるまで、二千年。  花を咲かせるまで、四千年。  長い長い年月を費やす分、全てを忘れて目を奪われてしまうほど、“カグラ”の花は美しく咲き誇ると言われている。 『コイツの花が咲くときは、またお前にも見せてやる』 『……見たくない』  何も忘れたくないと、両手を強く握りしめ主の背を睨む葉に、振り返った主は、また笑う。 『……知ってる、だから見せるんだろ』  少しだけ、寂しげに。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

170人が本棚に入れています
本棚に追加