おにいさま

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 黒い壁に囲まれた部屋の中には、廊下と同じようにいくつかのロウソクが宙に浮かんでおり、淡い光が周囲を照らしていた。  床に敷きつめられた絨毯(じゅうたん)も、腰の高さまである、脚が曲線を描いた丸いガラスのテーブルも、座り心地がよさそうなL字型ソファーも、奥に置かれた真っ白なベッド以外、全てが黒。  故に、ベッドの存在は否応なしに浮きだっており、閉まりゆく扉の音を背後に聞きながら、緋依は蒼に声をかけられるまで、ただ一点、ベッドだけを見つめていた。 「さあさあ姫様、こちらへ」  佳はクローゼットを開き、蒼は緋依の手を引いて、鏡のついた化粧台の前に座らせる。  鏡越しに合う、緋依と蒼の目。   「……ご、」 「謝罪など、要りませんわ」  口を開きかけた緋依は、僅かに目を見張り、自分の隣に立つ蒼を見上げた。 「私(わたくし)も佳も、姫様を信じておりますから……またお会い出来て、嬉しく思います」  蒼は緋依の髪にそっと触れながら、目尻を下げて微笑み、一筋の涙を流した。 「姫様……ドレスのお色は、何がよろしいですか?」 「……」 ******  鎧から黒いスーツに装いを変えた利洲は、緋依の部屋の前に、一番に戻った。 「……今度こそ、守りきる」  利洲は先ほど緋依に名前を呼ばれた時の、己の心臓が勢いよく跳ねたこと――緋依の存在に喜び涙をこぼしそうになったこと――を胸に、扉を見上げ、自分に強く言い聞かせるように言った。  ――ガッ  利洲が扉のくぼみに手を近づけると、利洲の手の大きさに合わせるかのように、くぼみの大きさが広がった。 「ダガラット」  手が扉に触れ、利洲はそう言った。  すると、緋依の時と同じく、脈打つように赤い光の筋が扉に流れ、地響きのような轟音をたてて、扉は左右に開いてゆく。  利洲は、瞼を閉じて思う。  緋依が望んで帰ってきたわけではないことを、緋依の帰りを待ち望んでいた者たちは、皆わかっていた。  これが自分たちの我が儘であり、その我が儘が、緋依を苦しめることも。  ――ガゴンッ  扉が開ききった音が響き、利洲は、瞼を開ける。 「……それでも、俺たちは」  姫様のお側にいたかった、との利洲の呟きは、口の中で飲み込んだ。  利洲は意を決して、部屋の中へと進んだ。
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