おにいさま

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 正装に着替え終えた一行は、赤い扉の部屋を出て、城内の廊下を進んでいた。  長い廊下をひたすら歩き、やがて廊下の端まで到達する。  すると、大きく長い階段が壁に出現した。その階段を上りきったところでまた長い廊下を歩き、途中何度か曲がり、廊下の端に到達するとまた出現した階段を上る。  慣れていない者が無闇に城の中を歩き回れば、十中八九迷子になってしまうだろう。  城の中の造りを完璧に把握しているのは、王家のヴァンパイアの中でも限られた者のみである。  緋依が先頭を歩き、その右半歩後ろを庵、庵の後ろを佳、蒼が続き、最後に葉、秋、利洲と続く。  余談だが、トアにおいて、身分の下の者が上の者の前を歩くのはご法度、マナー違反なのだ。  また、ヴァンパイアであり、『餌』でもある庵の立場は、扱いに困る立場だと言われている。  庵は佳と蒼に敬意をはらっているが、二匹も庵に敬意をはらい、庵に敬称を付けている。  トアの身分制度に従うのであれば、いちおう二匹の方が、庵よりも上であるにも拘わらず。  しかし、そうする二匹の気持ちが、利洲たちにはよくわかる。  たとえ庵の身分が自分たちと同じ『餌』であろうとも、庵の方が圧倒的に持つ力が強く、庵のことを呼び捨てにすることなど、恐れ多くて絶対に出来ない、と。  この並び順になったのも、同じ理由である。 「……姫様」  一行が黙々と階段を上っていると、緋依を呼び止める、透き通るような声が聞こえた。  緋依は、一段登ろうと上げかけた足を戻し、後ろに振り返る。  最後尾を歩く葉が、ジッと、緋依のことを見上げていた。 「……人間界は、どうでしたか?」  空気が凍った。  葉の問いかけに、緋依はスッと目を細め、片方の口角をあげると、妖艶に微笑む。  皆の視線が緋依に集中するなか、庵だけは緋依から顔を逸らし、俯いた。  恐らく、庵には緋依の答えがわかっていたのだろう。 「とても、満たされる世界だったわ……二度と、トアになど戻りたくないと思うくらい」  トアを否定する緋依の言葉など、聞きたくもなかったのだ。
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