おにいさま

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 まだ痛いのか、秋は相変わらず頭を抱え踞っていた。 「姫様を傷つける者は許さない。……そう言っていたな」 「……はい」  当然のことでしょう?とでも言いたげな表情で、秋は庵を見上げる。 「……矛盾している」 「な、」 「己の発言の意味をよく考えろ…お前も姫を傷つけた」 「……」 「時と場を考えろ……わかるか?」  秋はハッとした表情を見せると、ばっ、と勢いよく緋依の顔を見上げた。  秋の顔から、血の気が引いていく。  “――三百年待ち続けた”  その秋の言葉を聞いた時から、緋依は視線を下に降ろし、自嘲的な笑みを浮かべていた。  自分の言葉が緋依をそうさせたのだと、秋が理解するのに、そう時間はかからなかった。 「ちが……俺は、ただ、」  動揺から声が揺れる秋に、庵は低い声でさらに圧をかける。 「次はない」 「……はい」 ****** 「葉」  庵が元の位置に戻ると、一向は再び階段を登り始めた。  階段を登りきり、廊下を歩いていると、廊下の先に"黒いもの"が見えてきた。  すると緋依は、黒いものから目を逸らさずに、葉の名を呼んだ。 「……はい」  先ほどのことがあったからか、葉は視線を足元に下げ、弱々しい声で応えた。 「見捨てた」  だが緋依の吐き捨てるように放った言葉に、葉は勢いよく顔をあげた。 「言い訳をするつもりなんてない。私は、お兄様を見捨てた」 「姫様」  庵が緋依に声をかけ、緋依の話を止めようとするが、緋依は首を横に振って、続けた。 「……あの時、私は私のことしか考えていなかったわ。貴方たちのことすら、どうでもよかったの」  緋依は、ピタリと足を止めた。  "目的地"に、ついたのだ。 「お兄様……いえ、」  一行も、緋依に習い足を止める。  眼前にある、赤い扉と似た造りの、漆黒の巨大な扉。  ただ、赤い扉の見惚れるような美しい女とは違い、黒い扉に彫られているのは、大きな十字架と、十字架に貼り付けられた一匹の男。  その男の顔を、緋依は忌々しげに睨み上げた。 「戻りました――王」  クックックッ――と、扉の中から、笑い声が聞こえてきた。
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