おにいさま

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 明かりのない暗い室内。  夜目の備わる緋依、庵、秋、葉は特段変わり無く、辺りを見渡せるが、利洲だけは、敏感に気配を察知する己の感覚だけを頼りに、歩く。  緋依が部屋の中で足を止めた瞬間、“何か”が緋依に走り寄ってきた。  緋依はそれが何かわかると、思いきり眉を歪め、“何か”を蹴った。 「キャンッ」  “何か”は悲鳴に近い鳴き声をあげ、ふっ飛び、勢いよく壁に激突した。 「……姫様」  緋依の後を着いて来ていた庵が、心配そうに緋依に声をかける。  緋依は振り返り、庵の方に顔を向け、庵の後ろに他の三匹が並んだのを確認すると、横たわる"何か"に向き直った。 「いつまでそのようなお姿でいらっしゃるおつもりですか?……王」 「キャンキャンキャン!」  “何か”――黒いダックスフントの子犬が、吠えた。  床に転がっていた子犬は、壁に激突したのにも関わらず、負傷した様子を微塵も感じさせない動作で立ち上がる。  子犬は再び緋依の足元に駆け寄ってきて、緋依の周りをぐるぐると、元気に走り回った。  子犬の瞳の色は――緋依や庵と同じく、緋の色。  "――その犬、瞳の色やばくない?"  いつかの陽太の姿が脳裏に過った緋依は、もう一度子犬を蹴ろうと足を後ろにあげた。  が、途中で足を止めた。 「危ないなあ」  庵と利洲ら三匹が、サッとその場に跪き、"ソレ"に向かって頭を垂れた。 「……」 「明日香ちゃんは、優しく僕の頭を撫でてくれたのに。明日香ちゃんは優しかったな~」 「……」 「ああ、」  緋依が足を振り上げたのと同時に、子犬は姿を変えていた。 「君が殺しちゃったんだっけ?」  緋依と瓜二つの顔をもち、歪んだ笑みを浮かべる男の姿に。
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