おにいさま

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 右肩まである漆黒の髪を後ろで一つに束ね、白いシャツと素材の良さそうな黒の細身のズボンを着て、革靴を履いた男。  ラフなその格好からは、緋依の呼ぶ“王”には見えないが、秋や利洲らにかかる圧力は、やはりこの男から溢れでる力によるものだ。 「利洲の為に、明かりをつけようか」   王が、パチンと指を鳴らす――宙に浮くロウソクの火が灯り、部屋を照らした。  暗闇の中とは違い、部屋の様子が、鮮明に確認できる。  王はクルリと緋依たちに背を向け歩き出し、本や書類が乱雑に置かれた、大きな机の上に腰かけ、両手を広げた。     「改めて――お帰り、緋依」  「……」 「そんな不貞腐れた顔しないでよ。庵が悲しむよ?」  名前を出された庵の肩が、緋依の背後でピクリと反応した。 「そのドレス……緋花を思い出すね」  目を細め、懐かしそうに、緋依のドレスを眺める王。  王は、緋依の“当てつけ”の思惑を、見抜いていたのだろう。  唇を噛み締め悔しがる緋依の表情を見て、愉しそうに笑った。 「でも、やっぱり緋依には白いドレスのほうが似合うよ」 「……」 「僕があげたあのドレスは捨てちゃったの?」 「……」 「最後に着てくれたのはいつだっけ」 「……」 「うーん、思い出せないなあ……ああ、秋、覚えてる?」  押し黙る緋依から王は標的を変え、わざとらしく首を傾け、秋に問いかけた。  話を振られた秋が、息を飲み、緋依に視線を寄越した。  緋依は後ろを振り返ることなく、小さく頷いた。 「……約、三百年前です」  あえて秋がぼかして答えたにも関わらず、王は「そーだそーだ」と大袈裟に頷くと、左手の人差し指の先を、緋依に向けた。 「緋花(ひか)の血を浴びた時の緋依、最高だったよ」  
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