王家の秘密

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 数秒間の沈黙の後。  緋依は唇を震わせなから、ゆっくりと口を開いた。 「……変わらないなんて、無理よ」 「無理じゃないよ。初めから"何もなかった"ことにすればいい」  カッと目を見開いて、緋依は緋恋の胸元につかみかかった。  上質なシルクで作られた緋恋の白いシャツに、ぐしゃりとシワが寄る。  それでも、緋恋は笑みを崩さない。 「だって!……そんなの、お兄様がつらすぎる!」 「僕は大丈夫だから」 「大丈夫なわけない!」 「大丈夫」 「それならっ、何でこんなことしたの!」 「……」 「変わらなくていいなら、何もしなければよかったじゃない!」 「……」  緋依がどんなに怒鳴りつけても、笑みを浮かべ続ける緋恋――緋依はハッと何かを察したかのように目を見開くと、緋恋から手を離し、両手で自身の口を塞いだ。  ――それでも、緋恋は笑みを崩さない。 「……」 「仕方がないんだ」 「……」 「僕は、大事な"息子"なんだ。だから、僕が変われば悲しむ」 「……」 「悲しむ顔は見たくない――僕の気持ちは、初めから"なかった"」 「……」 「それに、最初に言ったでしょ?今日が最初で最後だって」 「……」 「最初で最後の……ワガママだった」 「……」 「だからいいんだ」 「……」  身長や髪型は異なるものの、周囲からは二匹の顔の造りは瓜二つと言われている。  だから、緋依は気がついた。 「緋依には、ばれちゃったかな」  そう言ってまた、緋恋は笑みを"作った"。 「……笑みを消せば涙が零れ、それは止まらなくなる」 「……」 「泣いて瞼が腫れてしまえば、"なかった"ことになんて出来なくなる」 「……」 「だから、僕は泣けない……緋依、ごめんね?」  緋恋は笑みを浮かべていたのではなくて――笑みを"作って"いたのだ。  緋恋はそっと緋依の体を抱き締め、額を肩につけた。  緋依は俯いていた顔を上げ、緋恋の背に腕を回した。 「……僕の代わりに泣いてくれて…ありがとう」 「ひっく、」  緋恋の"ありがとう"の声は少しだけ震えていたから、緋依は緋恋を強く抱き締め返した。
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