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さらに、彼は去年とある一件で他学年の生徒の目にも触れている。
しかも、『トラブルによって困窮した独唱部を救ったピアノ王子』だなんていう英雄的なエピソードとあだ名付きで、その場に居なかった生徒の目にすら届いてしまった。
どうして分かってくれないんだろう、と涼子は心の中でひとりごちる。
だけど、その理由を探ってみても、『安土君だから』で全て片付いてしまうくらいに鈍感だった。
指摘なんかしてごめんなさいモードに突入されても扱いに困るし、それが済んでもこれからの身の振り方で彼が悩むのも分かり切っていたので、とりあえず今回は呑みこもう、と涼子は諦めることにする。
そうやって毎回いろいろなものを呑みこんでしまっているのだが、もはやそれが当たり前となってしまい、二人の距離感は極めていびつなものとなっていた。
――安土君モテるのに、私なんかが一緒にいていいのかな。
もちろん一緒にいていいならいたいけど、でも――
自信のなさ、という点でも二人はそっくりなのに、肝心なところは食い違ったまま分かりあえていない。
そこに、胡乱な空気を纏った白衣姿の痩躯が教室へと滑りこんでくる。
安土ほどではないが逞しさに欠ける長身をカラーシャツとスラックスで包み、さらに丈の長い白衣の裾を翻しながらつかつかと教卓へと歩み寄ったその人こそ、去年と変わり映えしない原因の三人目だった。
「あーはい。静かに静かに。黙らなくても構わねェがやるべきことだけやらせてくれ。……ンで。半分は去年授業持ったし詳しい自己紹介いらねェよな、黛嵩哉。化学。以上」
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