揺光

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  「那賀に、わからねェことがあればテメーに聞くよう吹き込んであるからよろしく頼む」 「……は?」 予想外の依頼に、理解が及ぶまで数秒の間を要す。 安土は自分が人付き合い下手なのを痛いほど自覚しているし、頼られることにも慣れておらず、些細なことですらプレッシャーを感じてしまうような少年だった。 それがなぜ、転校生のフォローだなんていう、わざわざ自分がやらなくても誰かがやりそうな、しかも到底自分に向いているとは思えない役割が黛からまわされるのか。 解せない、と顔に出ている安土に対して黛に動じた様子もなく、彼が戸惑うことも予想のうちなのだろうか、と後ろから観察していた涼子は首を傾げる。 「出席番号一番だから誰だか伝えやすかったンだよ。それに放課後は基本的に暇だろ?」 「……ですけど」 「ならいいじゃねェか」 部活には出なくていい。 那賀に頼られたらお前の放課後の時間を費やしてやれ。 部活動の活発なこの学校の教師らしからぬ物言いだったが、黛という教師の人柄を鑑みればごく自然なことだった。 それが那賀への心配だけでなく、黛なりに安土を信頼していることの現れであるだなんて、訝しむ安土に伝わることはない。 それだけのことを告げて教室から先に出ようとした黛は、ドアの少し手前で首だけ振り返る。 「髪、切ったンだな。そっちのほうがいい」 涼子すら触れずにいたコンプレックスの片鱗について、ごく些細なことのようにさらりと言ってのける。 これもまた黛なりに安土文明という生徒を気にかけているから出てくる言葉だったのだが、肝心の少年はただ呆然と立ち尽くすだけだった。  
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