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麻衣も那賀を歓迎とまでいかずとも気にしてはいなかった。
彼らの部室に部外者が立ち入ることは珍しいことではなく、去年一昨年は、親交のある他部員が頻繁にやってきたものだ。
それをお客様扱いはせず、あくまでただの来訪者。
そういった堅苦しい作法は存在の余地すら挟ませない、どこまでもラフな部活なのだ。
麻衣は那賀も単なる来訪者であると見なして、トラブルの気配も適当に片付けて貰えれば構わないと思っていたし、必要ならば力を貸すつもりですらいた。
安土の困惑がいかに杞憂であるか、麻衣や涼子の性格を考えればわからないことではない。
それでも分からなかったのは、安土自身の思考回路に卑屈という棘が複雑に絡んでクリアな考えに行き着かなくなっているからだった。
最上階まで着いても人の気配は薄い。
廊下側の窓から注ぐ陽の光だけが光源となる少し薄暗い空間に張り詰めた静寂を、四人の足音が揺らした。
ほどなくして、階段から一番近い部室の前で立ち止まる。
麻衣は鞄からタグ付きの鍵を取り出すと、慣れた所作でそれを鍵穴へと差しこんだ。
「……?」
那賀の視線は麻衣の手元ではなく、別の所へと注がれている。
部室の入り口である素っ気ないアルミ製のドア、その自分の目線の少し上ほどに掲げられた『部名』。
記された言葉に、はじめは理解が及ばない。
反芻するように何度か目でなぞって、ようやく彼はことを把握して、ある種愕然に近い感想を抱いた。
「あ、そうだ那賀君。うちの部活について教えてなかったよね」
麻衣の登場で我に返っていた安土が今更ながら部活についての説明を始めようとする。
しかしそれに被せるようにして、那賀は某然と呟くのだった。
「『ちくわ部』……!?」
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