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時に謙虚の域を超えて卑屈に至るそれは、彼自身のコンプレックスによるものだ。
怜悧さすら漂わせる、きりっと開かれた双眸。
その二つの持つ輝きは異なっていた。
左目は、日本人のものとしては少しばかり違和感のある濃い藍色をたたえている。
右目はガラス玉のように透き通る淡い空色で、知らぬ人が見れば作り物かと見紛うかもしれない。
ふと前髪の右側に手をやって、昨日までそこにあったものが無いことを確認してしまう。
それまで、コンプレックスの具現とも呼べる右目を覆い隠していた前髪は、もう必要なくなった。
かつては左右で長さの違っていた髪型は、短かったほうに切り揃えられ、ありふれた短髪となっている。
前髪を片側だけ伸ばしていた理由はそれだけではない。
左右で色の違う瞳。
かすかしかない右耳の聴力。
奇異の目に晒されたそれは牙となって彼に傷をもたらし、安土を安土たらしめる要因となった。
しかし今やそれを気にして隠そうとしなくても平気でいられるほどに、彼の卑屈さはなりを潜めている。
およそ一年ほど前からヘアピンで前髪を上げるようになり、いつしかそうして右目を隠さないことが当たり前となり、ついに昨日、隠す術を捨てるに至った。
彼が自分を自分として認識し、社会に身を置く勇気と自信を得るにあたって、『仲間』の存在を無視することはできない。
高校一年生としての一年間を通して、安土文明はようやく一介の普通の少年としての道を歩む選択肢を知った。
これからは、普通の少年としての、新しい物語。
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