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――だけど。
安土は、はっきりと覚えていた。
さっき階段で言葉を交わしたとき、那賀が『どの部活になら自分がいられるのかわからない』と言っていたことを。
その裏に潜む意味まで慮るには至ることができなかったが、彼がなんらかのハンデを抱えているだろうことは想像がついた。
右耳のかすかしかない聴力は、スポーツをしても合図の声がどこから飛んできているのか掴みきれなくて。
化け物扱いされた中学時代がフラッシュバックして、同じように奇異の目で見られ居場所を失くすんじゃないかと恐れて。
どこに行ったって自分の体という重りが付きまとい、それを脱ぎ去ることもできなければ認めてもらえるかすらわからない。
そんな自分も、どこになら『居られる』のか自分では見つけられなかったから。
「……ほんとに、そう思ってる? さっき那賀君、自分で言ってたよ。そっちが本音なんじゃない……?」
胸にずっとしこりとして存在していた疑惑をついにぶつけた。
見ただけではわからない那賀の心のどこかに鎖が絡んで、彼の行動を邪魔しているんじゃないか。
自分たちがこうして彼の薄暗いところに踏み入ろうとすることは、罪なのかもしれない。
それでも、安土は救われたのだった。
薄暗い所に勝手に踏み込んできた人達に。
誰も認めてくれなくたって、自分が認めて堂々としていればいいと教えてくれた人達に。
「……でもさ、俺にそこまでする義理なんかないだろ? 先生に頼まれたとか、俺が頼んだとか……そういうの、もう、いいから。いいよ」
那賀は頑なで、それに返す言葉なんて安土には見当たらなかった。
言う通り、彼と安土の間に紡がれた絆は友情として成り立つにはあまりにも未熟なものだ。
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