399人が本棚に入れています
本棚に追加
「美緒さんはもう少しオレに遠慮というか……壁を感じて欲しいんだけど」
「えーやだひどーい壁ってなにー! そういうのが必要なのは他人だけでいいんだから。私は今でも別に、文明と一緒にお風呂入ってもいいと思ってるよ?」
時と場所は移り、安土家リビング。
先ほどはバスタオル一枚で髪にドライヤーをあてる姿を見られたところで平然としていた姉の美緒は、今度はきちんと着衣したうえでテーブルについている。
安土美緒。
文明より五歳年上の、華の女子大生。
ダークブラウンの真っ直ぐなロングヘアは背中まで届き、少しつり目がちな目元は安土との血縁関係を伺わせる。
内向的になった弟と対象的に、年相応には色気とお洒落を知った、どこにでもいるような女性だった。
安土の向かいに座り、食パンを齧りながら憤慨しているのも別段面白みのある光景ではないが、皿に盛られたその枚数が一斤に及びそうなほどであることは、普通とは言い難い。
「普通この年の姉弟は一緒にお風呂入らないからね? ……美緒さん、今日は珍しく早いけどどうしたの?」
続けるだけ不毛な会話はもうやめることとして、安土は疑問を投げかける。
去年は彼を目覚まし代わりにするような姉だった。
大学生という身分上、飲み会で帰宅が遅いこともあれば授業も朝からだったり昼からだったりなにかと不規則で、毎週火曜日は朝が早いからと、『起こしてほしい』と頼んでいたのだ。
どうせ同じ時間ならと、安土も安土で目覚まし役を引き受けてしまっていたが、あまりの寝起きの悪さに辟易することが無かったわけではない。
そんな姉が自力でこんなに早くに起きていて、しかも朝風呂すら済ませていることに驚くのも当然だった。
最初のコメントを投稿しよう!