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那賀は逃げている。
こちらを突き飛ばして逃げるようなものではなく、捕まえられそうで捕まえられないような一定の距離を保ったままの思わせぶりな逃げ方だ。
彼はなんらかの理由でこちらの手を取れずに躊躇しているのではないか、と心配になるのも仕方ない。
きっと前の学校の部活をやめた理由が噛んでいるのだろう、と安土は思っていた。
「さあ、どうだろう? どっちにしろ、那賀君にはあと二週間しかないんだから、その間に『なんとかなる』のを祈るしかないね」
諦めるような言葉でありながら、麻衣の声色は楽しげに弾んでいる。
『なんとかなる』に含まれた意味のうち、『この部活に籍を置くことになる』を強く信じているように思えた。
安土は、今の状況を見透かして楽しんでいるようにすら見える先輩の姿に、かなわないなと心の内で呟く。
帰宅してから携帯電話を確認すると、美緒から帰りが遅くなる旨の連絡が残されていた。
結局彼女の顔を見たのは日付が変わる直前のことで、彼氏である俊介に半ば担がれる形での帰還となる。
「ごめんごめん、ちょっとドア開けてってくれる? っておお、ほんとだ髪短い」
「え? あ、はい……? ち、ちょっと……どういうことですか、これ」
姉を横抱きにしながらへらりと笑う兄貴分に安土が向けたのは驚愕だった。
俊介に委ねられたその体重は、いくら女性のものとはいえ脱力して弛緩した身体となればそう生易しいものではない。
ところが彼は嫌な顔ひとつせず、むしろそれが当たり前であるかのように安土に協力を求めた。
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