399人が本棚に入れています
本棚に追加
「……いや、なんで謝るのかワケわかんないんだけど? いっつもそうだねー、文明くんは」
手をひらひらと振ると、こう続ける。
「あんね、いいんだよ、俺も嬉しいから」
「嬉しい?」
おうむ返しに尋ねる安土に、俊介はにこりと笑ってみせた。
柔らかく緩んだその表情は、安土を戸惑わせるに充分すぎるもので、困惑の色を増した弟分の額をぴんと指で弾くと踵を返す。
「彼女できりゃーわかるよ。それじゃ、ちょっちシャワー借りてくるわ。遅くにごめんねー」
おやすみー、と振り返りもせず言いながら、俊介は再び階段を降りてゆく。
安土はただ、弾かれた額に手をやりながら、彼の言葉を頭の中で反芻していた。
俊介が答えを安土に与えずに自分で考えさせることは以前からしばしばあった。
それは卑屈な思考回路に陥りがちな弟分に、自分の考えを汲んでもらうことで、少しでも卑屈さを矯正しようと思っているなど、安土は気付く由もない。
――迷惑をかけられて、嬉しい?
そこでふと、いつもなら理解するのに時間がかかる俊介の言葉の答えがすぐに弾き出された。
俊介にとっての美緒は、自分にとっての那賀と同じだ。
もっとこちらを信頼して頼ってほしい。
美緒がだらしなく思えるほどに無防備になるのは、俊介のことを心から信頼しているからだ。
だから俊介は嬉しいと言った。
手を差し伸べずとも握っていてくれる存在が、可愛らしく甘えてくれている程度にしか思っていない。
それは男として、彼氏として誇らしいことだろう。
だから、彼女ができればわかると言ったのか。
最初のコメントを投稿しよう!