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「大学始まる前に、一回くらいちょっと遠出しようか、ってね。泊まりの旅行はパーになったから、埋め合わせのつもりなんじゃない? 気にしてないけど」
「……はあ、なるほど」
マーガリンを塗った食パンを食べ終えたかと思えば、次の食パンにはいちごジャムを塗り始める。
一緒に行く相手もはっきり言わず、目線もパンに注がれたままでの返答でも、安土にはなにごとか理解できていた。
美緒には、恋人がいる。
安土のことはまるで実の弟のように可愛がってくれて、男兄弟のいない彼にとっては貴重な兄貴分だった。
初めこそ萎縮していたものの、今では家族の次に信頼できる人となっている。
いつか本当に義理の兄弟になったって構わないし、むしろ歓迎するつもりでいるくらいだ。
「今日は天気もいいみたいだしね。楽しんできなよ」
「おみやげ買ってくるよー。どこだかわかんないけど」
さっぱりと返ってきたいい加減な言葉に、安土は苦笑する。
ノープラン適当カップルなのは分かっていたし、それはそれで二人の波長が合っていてうまくいっているのだから、心配することなどなかった。
これくらい気楽に構えたほうが人間関係は円滑なものになるんだろうか、と思うことはあっても、それを実行できるだけの図太さと器用さは持ち合わせていない。
随分とペースに差のある朝食を終えても、ついに美緒は安土から僅かな羨望を受けていることに気がつきはしなかった。
「気を付けて行ってきて」
月並みな言葉で姉の外出を送り出すと、さて次は自分。
今日から新学期。
昔であればさて今度はどんな奇異の目線という槍が自分を攻め立てるのだろうかと怯えたものだったが、今の安土には、新しい一年への不安と期待がないまぜになったありふれた感情だけがあった。
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