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倉敷編(岡山県)
綾音から手紙が届いたのは二週間前のことだった。
僕は学生時代に綾音と恋人として三年間付き合っていた。
ひどい喧嘩別れをしたわけでもなかったため、別れてもなお交友関係は続いていたが、時間が過ぎる中で、彼女には彼女の新しいパートナーが見つかり、僕には僕の新しいパートナーが見つかったこともあり、次第に彼女との交友関係は薄れていった。
もう、おそらく十年間くらいは電話でのやりとりもしていないし、手紙のやりとりもしていない。
年賀状もお互いに出さなくなってからどれくらいの時間が経っただろう。
もちろん、その十年間に、僕が彼女のことを思い出さなかったわけではない。
しかし、それはあくまでも僕の人生の過去の一部として保存されている大切な思い出として僕の中に蘇ってくるだけであって、彼女と恋人関係に戻りたいとか、あるいは、友達としてやり直したいとか、そういった類の感情は僕の中には存在しなかった。
だから、僕は彼女の現況を知りたいと思ったことなど一度もないし、彼女に僕の状況を伝えようと思ったこともない。
残念ながら、僕は三十代半ばを迎えた現在にあっても生涯の伴侶を見つけることができていないが、もしも彼女に生涯の伴侶が見つかっていたとすれば、それはそれで祝福したいと思うが、それを知ろうとすら僕は思わないのだ。
それは、おそらく彼女としても同じであったはずだ。
だから、正直に言うと、僕は綾音からの手紙を見たときに、悪い知らせに違いないと思った。
共通の友人の誰かが交通事故にあったとか、恩師の誰かが亡くなったとか、そういう類の知らせに違いないと思ったのだ。
そうでなければ、彼女がわざわざ僕に手紙を送ってくる理由など何もないのだ。
僕は恐る恐る彼女のからの手紙を開封し、それを読んだ。
しかし、そこには僕が心配していたような内容は一切書かれていなかった。
ただ、僕と彼女の学生時代の思い出を懐かしむ文章が滔々と書き並べてあった。
そして、最後に少しだけ間を空けて、「一度だけあなたに会いたい」と書かれていた。
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