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僕は手紙を三度読んでから、封筒にしまった。
そして、封筒の裏側の差出人の記載を確認する。
そこには綾音の名前と現在の住所が記載されている。
名字は変わっていないから、彼女は結婚していないか、あるいは結婚した後に離婚したのだろう。
だが、どちらにしても、それが僕に重大な影響を及ぼすことはない。
あるいは僕が彼女のことを今でも愛していて、彼女と結婚したいと望んでいるのであれば、それは僕にとって、日本の政権が交代するよりもずっと重大なことなのかもしれないが、僕の中にはそのような願望は欠片も存在しないのだ。
ただ、それよりも僕が気になったのは綾音の現在の住所だ。
岡山県倉敷市、それが彼女が記載してきた現在の住所だった。
僕と綾音は、学生時代を岡山市で過ごした。
岡山市は岡山県の県庁所在地であり、行政と経済の中心都市であると同時に、黒い壁が特徴的で烏城とも呼ばれる岡山城や、兼六園や偕楽園と並んで日本三名園と称される後楽園を有する、観光都市でもある。
僕たちの通っていた大学も岡山市内にあった。
だけど、僕たちはよく電車で倉敷に足を延ばした。
倉敷市は岡山市に隣接する町で、岡山県内では岡山市に次ぐ町であるのだが、その趣は岡山市のそれとは全くといっていいほど違う。
そもそも、城下町として発展した岡山に対し、倉敷は幕府直轄地である天領として発展した町である。
江戸時代には人工の運河である倉敷川が作られ、その運河に沿うように白壁の倉屋敷が建ち並べられ、そして、倉敷川を利用した内陸の港として発展したのだ。
現在でも白壁の倉屋敷の一部が保存され、美観地区という名称で、観光地として賑わっている。
倉敷市も、観光都市という面においては、決して岡山市にも引けをとらない町である。
僕も綾音も、晴れた日に白壁の町並みと倉敷川の緩やかな流れを眺めながら美観地区をブラブラと歩くのが好きだった。
そして、僕が綾音に愛を告白したのも、別れを告げたのも、美観地区においてのことだった。
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