8.ジャスト・ムーブ

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飛白が怒っている。不動明王に似ている。視線だけで人を殺せそうだ。 黛は対照的な視線を返す。人をどこまでも蔑む、酷薄な視線。 「お前は精々縮地しか身に付けなかったな、飛白。いや身に付けられなかったと云うべきか。」 「御託はいらねぇ!何でてめぇがそれを使っていると訊いてんだ!」 飛白は今にも飛びかかりそうだ。まだ理性の頸城があるんだろう。 黛はやきもきする。顔には出さない。だが胸の内では叫び続けている。早く来い、早く来い。 「そいつは…揺歩は…あいつだけのもんだ!」 黛は溜め息をついた。軽い失望を含んでいる。 「盗んだ。そう云えば満足か?」 「盗んだだと…?」 「武人は他の武人から技を盗む。上達の過程では良くある話だろう。」 「あの時か…!」 飛白が歯軋りした。大きな歯軋りだ。 「そうだ。技はただ真似るだけでは精度が落ちる。完全に盗むには死合しか無い。」 黛は平然と云い放つ。飛白を制御する頸城が外れていくのを感じ。 「裏切り者が…!」 「アレも踏み台に過ぎなかっただけだ。」 「ざけんなぁ!」 飛白が突っ込んで来た。遮二無二に斬りかかる。 怒りで我を忘れている。飛白に火が点いた。 黛は胸を高鳴らせた。 「藤帷子!」 抜刀が格子状の軌道を描く。構わず飛白は刀を振り下ろす。 甲高い音を上げて飛白の海老名が舞う。技巧では黛が勝っていた。踏み込んで鍔を打ったのだ。
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