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「え…?」
レイルと月虎の表情から、漸くシオは自分の発言の意味を悟った。
知る筈の無いレイルの過去を、シオは口にした。シオ自身、無意識にそれを口にした。
「お前、どっからそれを…!」
月虎が身を乗り出す。迫られてもシオには答えようが無い。
シオはしどろもどろに、口をパクパクさせる。記憶を懸命に弄る。
『お前、家が無いのか?』
途端に再生される回想。教室の中で、レイルと向き合っている。
『無いっていうか…初めから無かったっていうか。』
『…孤児だったのか?』
『違います。両親はいたし、家もあった。ただ…そこは俺の家じゃなかったんです。あらかじめ失われた家…みたいな。』
『マザー・テレサかよ。』
『からかわないで下さい。結構、真剣なんですよ。』
『あぁ、悪い悪い。』
『だから、サンドハーストしかないんです。俺には…サンドハーストしか無いんです。』
この記憶に心当たりは無い。レイルを見ている主体はシオじゃない。発している声もシオのモノじゃない。
今までのそれと同じ、別の誰かの記憶。
シオは両手で頭を抑えた。
溢れ出す記憶。
頭を満たす他者。
自我が揺らぐ心地。
シオは必死に記憶を忘れようとする。頭の片隅に追いやり、忘却の淵に落とす。
だが適わない。
シオの尽力も虚しく記憶は、他者は肥大化する。
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