28.ファントムペイン

30/31
前へ
/804ページ
次へ
「あいつ・・そんな事が・・・。」 「ヲリエ、お前はあいつを怨むか?」 ウェルキンの問いにヲリエは眉を顰めた。シビアな内容を口にしているわりには、ウェルキンの表情は朗らかだった。 「事故じゃないですか、話を聴く限り。」 「まぁね。ただ傍から見たら、あいつが切っ掛けで俺は死んだ・・って見るのも、まぁ当然だよな。」 「他人事みたいに云うんですね。」 ヲリエがウェルキンの目を覗き込んだ。視線で質している。 ウェルキンは唇を緩ませながらも、気まずげに眼を反らした。彼の癖だ。話にくい事があるとそうやって誤魔化そうとする。 所作の一つ一つが懐かしい。ヲリエは和やかな気持ちになった。此処にいるのはウェルキン・ファウストだ。二年ぶりの会話がこんなにも心安らぐものだったなんて。奇妙な再会をヲリエは感謝した。 「責める気は無いよ。あれは事故だし、俺はレイルを怨んじゃいない。」 「だろうな、って思った。」 ヲリエが微笑んだ。 「だったらあたしも同じ。レイルは悪くない。あの悲劇は・・とても悪い巡り合わせなんだって・・思う。」 ヲリエの語尾が弱くなった。鼻声が混じり、唇が震えだす。 途端に、ヲリエは涙を零した。 「でもね、皆・・辛かったんですよ。希望の光そのものだったあなたが死んで・・皆悲しみのどん底に落ちちゃって・・立ち上がれないくらいに・・苦しんで・・」 ウェルキンは唇を引き結び、ヲリエを見詰めた。ヲリエは嗚咽も漏らし始めた。 「皆、巣から落ちた雛鳥みたいに、あても無く彷徨っていた。ぶつかり合ったりして、壊れたりして・・」 「知ってるよ。シオの記憶から情報は入ってきている。」 「もう・・昔のように一つになれない・・。」 「ヲリエ・・・。」 「ごめんなさい、あたし・・皆を繋ぎ止められなかった・・・もう・・サンドハーストは・・・・」 不意に、ウェルキンがヲリエを抱きしめた。体はシオのそれだったが、ヲリエの体を抱擁する温かな感触はウェルキンのものだった。強く、優しい、彼の心に触れているようだった。 「もう、いい。」 「ウェル・・さん・・・?」 「もう、自分を責めないでくれ。」 ヲリエを抱きしめるウェルキンの両手の拳を握り締めていた。爪が皮膚を突き破るまで、堅く堅く握り締められていた。
/804ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加