28.ファントムペイン

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「俺の事なんか忘れてしまっていい。俺の為に悲しまなくて良い。君達は、君達の一番大切なものを想っていて欲しい。」 ウェルキンはヲリエの横顔に手を当て、微笑んだ。切な気持ちが眼差しに乗っていた。 「勝手な云い方かもしれないけど、そうして欲しい。過去は変えられない。俺は此処にいるのは生き返ったとかじゃないんだ。ただ存在の断片があるだけ。AIが入力されたデータの通りに喋っているのと同じだ。もう俺はこの世界から解き放たれた存在なんだよ。もう何も変えられない。実際に・・俺はもうアイツを止められない。」 ウェルキンは奇しくも、死んでからも意識が世界に残ってしまった。それは他者から見れば喜ばしい事だろう。だが、意識が残ってしまった本人にあるのは苦痛だ。この世界とあちらの世界の狭間にただ居座り続けるだけの儚い存在でありながら、この世界で起こる全てを見続ける。この世界で何があっても見ている事しか出来ないまま、意識が残され続けるのだ。 「アイツを止められるのは今此処で生きている君やシオしかいない。此処にいて、今未来へ歩いている君達にしか出来ない事なんだ。」 「ウェルさん・・。」 「頼む。もし俺の事を想ってくれるなら、振り返らずに前に進んでくれ。」 ウェルキンの悲痛がヲリエに伝って来た。ウェルキンはそれでも笑っていた。 「君になら出来る筈だ。未来には幾らでも希望が転がっている。 、、、、、、、  それを知る為に、俺達はあの日集ったんじゃないか。」 どうして忘れていたんだろう。 あの日の自分達は信じていた。未来は変えられると。世界は答えてくれると。それを見る為のアドレフォレストだった。あの時の自分達は確かに見たのだ。 未来は変えられると。 自分達は自由だと。 「・・・ふっ!!」 ヲリエは両頬を張った。強く、高らかな音が鳴る程に。ヲリエは濡れた顔を乱暴に拭い、快活な笑顔を浮かべた。 「やります!まだまだ終わってなんかいない。その為にあたしは此処に残ったんだから!」 ヲリエの精悍な姿にウェルキンは頼もしさを覚えた。良かった。過去に立ち止らずに、前へ進む姿を見られて。 ウェルキンは理解した。 人は未来に希望を見出すのではない。人が前に進む事そのものが、希望なのだと。 だが、忘れてはいけない。希望が未来に眠っているすぐ傍で。 絶望もまた、静かに息づいている事を。
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