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云って、黛は欺瞞に駆られた。一番闘志に駆られているのは自分だ。慢心は無くとも、右京並みに高ぶっている。ただ表に出しているかいないかの違いに過ぎない。
「慢心なんて無いでさぁ!あんのはやる気ですぜ!」
「何に対するやる気だ?」
「雪辱!蜻蛉番場飛白への!」
黛は眉を僅かに動かした。右京は打算が出来る程賢くは無い。自然にその名を口にしたのだろう。
「あんな桁外れな力でも今回は上手くやれるって思うでさぁ!」
以前右京は飛白に手酷くやられている。夏休み中は回復に徹していた。通常の使い手ならトラウマになる程のやられ方だ。
右京は単純な性格だ。どんな敗北でも重荷にせずバネにする。勢いが空回りしている節はあるが、無意味なプライドに妨げられずに経験を糧に出来る点はある種の才能だ。それも復讐心や対抗心の類にせず、純粋な向上心に変えられる。
黛には出来ない事だ。
彼は自覚していた。
『何故ですか。』
心臓が高鳴る。
『何故ですか。』
体温が急激に下がる。
『何故、斬らねばならないのですか。』
唇を噛み締める。
『お父様、お父様。』
脳裏を一つの映像が占領する。
『何故、斬らねばならないのですか、お父様。』
ガンガン鳴る頭。
涙で滲む視界。
身体中を駆ける痛み。
そして
全身を濡らす生臭い血。ついさっきまで流れていた、生の匂い。
小柄な身の丈に合わない、刀。
その刀も。
赤く染まっていた。
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