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「兄御?」
右京の声で黛は覚醒する。思わず勢い良く右京の方へ顔を向けた。あまりの速さに右京は目を丸くする。
「ひでぇ汗ですぜ?熱中症ですかい?」
頭一つ分背が低い右京は少し背伸びして顔を覗き込む。
「気にするな。」
煩わしそうに右京は顔を背けた。だが右京は顔を覗き込むのを止めない。やや配慮に欠けるのが右京の悪い癖だ。
「冷たいモノ持ってきましょうかい?」
「良い。構うな。」
黛が無愛想に返すと右京は恐縮したようにシュンと縮こまった。懐き方も凹み方も犬のようだ。
「黛。」
右京とは違い、艶のある声音が黛に届く。
「梓子か。」
右京と全く同じ顔をした坊主頭の双子の弟、等々力左京を伴い、薬袋梓子が黛の傍らに立った。
濡れ色の黒髪をおかっぱにし、気品と清楚さを香り立たせる整った目鼻立ちをしている。だが声は艶っぽさを含み、男の気を撫で上げるような艶めかしさがあった。両手の指先には長い付け爪があり、生々しい不気味さを宿していた。
「リカルドからゴーサインが出たわ。いつでも行けてよ。」
「そうか。」
「ふん、右京。また兄貴の機嫌を損ねたのか。」
「何ぃ!」
左京が皮肉っぽく云ったのを受けて右京はいきり立った。
「てやんでぇ!てめぇ、俺が、ンな、バカな事…」
右京は反論しようと息巻くが段々と勢いが萎んでいく。さっきの黛とのやり取りが頭によぎったのだろう、顔が強張っていく。
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