記憶フェイカー

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 超記憶症候群、またの名をハイパーサイメシアと言うものがある。これは今まで経験した出来事をほぼ全て詳細に記憶することができる能力だ。何年前の何月何日の夕飯は何だったのかとか、この服を買ったのは何年前の何月何日何曜日だったのかとか。その時どんな天気でどんな格好で買いに行ったのかとか、誰とどんな会話をしたのかとか。超記憶症候群の人達はそんな事を瞬時に思い出す事ができると言う。  楽しかった記憶を思い出せば当時と全く同じ感情に浸り、また悲しかった出来事を思い出せば同じく悲しみに暮れる。メリットもあればデメリットもある――そんな能力。  なぜこんな話を始めたのか。それは俺、丸岡薫の人となりを説明するに当たって欠かせない要素の一つだからだ。最も、俺の場合は超記憶症候群とは違って思い出すのに時間がかかると言う欠点がある。過去の出来事を当時の時間軸で早送りすることなく映画のように再生して思い出す。自分の過去を客観的に五感全ての情報で再生する。そこに感情が乗らない事だけは超記憶症候群でなくて良かったところだ。  しかし、デメリットが何もないと言う訳ではない。学校での勉強にも役立つ形で活用させてもらっている能力。相応の代償と言うのも仕方がない。 「何だって?! 今日テストだとぉ! 聞いてねぇよ! おい薫お願いだ、どうにかしてくれよ」  ちょうど朝のホームルームが終わる。そこで俺の能力を知る友人である新田雄介は何の臆面もなく俺に縋り付いてくる。まあ、先ほどぼやかせてもらったデメリットと言うのはこの事だ。……能力を知る人間から記憶を頼りにされてしまう。実際のところ少し面倒に感じる時があるという程度で大したデメリットではない。  俺の記憶を当てにしてやってきた雄介は授業中に良く居眠りをして、放課後の部活に精を出す典型的な体力バカ。高校二年と言う今の時期には彼のようなタイプはまだまだ人気者で、学力以外はクラスでも信頼があるし友人も多い。しかし、そんな雄介には彼女がいない。その理由は追々説明することになるだろう。
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