記憶フェイカー

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「丸岡先輩のパスを受けられるなんて、俺楽しみです! 練習の時ですけど、先週の月曜日に見たバックパス! あれ、憧れてたんです!」  後輩の一人が、返事の後にそんなことを言った。嬉しいことを言ってくれるが、俺には全く身に覚えのない事だった。 「いやいや、確かにバックパスはする事もあるけど先週の月曜日にそんなことをした覚えなんて無いぞ。第一、先週は月火と大雨で体育館が雨漏りして使えなかったし」  俺は、さも当然かのように言い連ねたが後輩達は頭に?を浮かべている。そんな姿を見て俺は微笑んでいるしかなかったが、次の言葉を聞いてその余裕も無くなった。 「そんな訳無いじゃないですかー。先週は丸々晴れ続きでしたよ。そんな事より、あのとき丸岡先輩が片手キャッチからノールックで新田先輩にバックパスを通した瞬間! 俺鳥肌が立ちましたもん!」 「そうそう! その後、完全にフリーだった新田先輩も気持ちよくダンク決めたもんだから、大盛り上がりで! 僕も記憶に鮮烈に残ってますよ」  うんうんとチームの一年生四人共が顔を見合わせて頷いてる。……おかしい。俺は確かに先週は皆でモップ掛けに勤しんだ記憶がある。いや、記憶には自信がある。後で確かめてみれば分かるはずだ。ネットで過去の天気を確認してもいい。  俺は目を瞑って先週の事を思い出す。先週の月曜日、夕方四時半からの記憶を再生。脳裏に思い出されるのはやはり雨の中全員でモップ掛けをする映像。バスケ部員だけではなく体育館を使う部活生全員で雑巾を使ったりバケツを置いたり……。雨の匂いもみんなの会話も完全に記憶の中にある。――間違いない。  少し時間を飛ばして再生してみよう。確か雨漏りの対策をした後、部室に集まって――確か六時くらいだ。……そうだ、あの時スコア表を水に浸けてしまって皺だらけになった。だから乾かすのにロッカーの一番上に置いている。それを見せればみんなが日にちを勘違いしていると分かってもらえるはず――
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