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怯んだように見えたあの一瞬。
実はあれは彼女のついた嘘であり、演技である。
自分の力が通用しなくなったらどうすればよいかを、カレンから何度も指南されてきたミーシャ。
なれば心に隙を作らせ油断させろ。刹那の攻防など、小さな心の惑いで大きく変化する。
さっそくその教えを試みてみたミーシャだったが、内心では体が震えそうになる思いだった。
相手に自分が入り込むだけの隙を作らせるには、まずこちらから隙を見せねばならない。
百戦錬磨の彼女の師匠ならともかく、付け焼き刃で理論術だけある自分では上手くいく保障などない。
しくじればあっという間に敗北だ。
ミーシャにとって、これは相当に勇気を必要とする行為だった。
結果的には成功したものの、今や自分の心音が荒い息に混じって聞こえてきそうな勢いである。
「……動かないで」
そんな内心あわあわ状態のミーシャであるが、最後の締めまではきちんと行う。
遠方に飛ばしていたチャクラムを回収しつつ、もう片方の手をレイの首筋付近に近づけた。
そこでは風切り音を立てながら鉄の刃が回転している。
これで完全に詰めとなった。
「……試合終了だな」
ケイトがやってきてそう告げると、ミーシャは「ふぇええ……」と情けない声を出してぺたんと座り込んでしまう。
そして熱砂に「あち、あちっ」と飛び跳ねる。
同時に「ごめんね? 大丈夫?」とレイを気遣い。
どこからどう見ても、先ほどまで魔術師としての戦闘を繰り広げていた人物には見えなかった。
レイは敗北の悔しさに歯噛みしつつも、やや呆れてしまう自分が隠しきれない。
こんなにも怖い〝敗北〟が、なんだか少し馬鹿らしかった。
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