164人が本棚に入れています
本棚に追加
裁縫が好きだ。だが極めたいとは思わない。趣味の範囲で良かった。
部長も同じらしく、部室に来ては2人で背中を合わせチクチクと針をとった。夕方まで。
二カ月程が経ち一人暮らしをする部長の家に転がり込むようになった頃の火曜日、血まみれの人が僕に話しかけてきた。
何となく僕は応えた。
「お前、あの男が好きなのか?」
何故そんな事を聞くのだろうと返すと、純粋に興味でと返ってきた。
「僕も、興味で。あの人が可愛いから、気になる」
血まみれの、いや血まみれだった人は大声で笑った。
そりゃ恋だ、と。
「なんだお前、あいつが好きなんだな」
「そうかも知れない」
少したげ顔が熱く感じた気がした。
血まみれだった人は急に無表情になり、真っ黒な瞳で僕を見つめていた。
「俺もお前が好きだとしたらどうする?」
ゆっくりと聞かれたが、興味がなかった。
僕は別にどうもしないと素っ気なく応えて刺繍用具を取り出した。
白い無地のハンカチに桜を(部長が好きなのだ、桜を)チクチクチクチク。
ふと血まみれだった人が呻いた。僕はちらりと目線をやった。
「お前まさか俺の名前すら知らないのか?」
失礼かと思ったが、こくりと頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!