その男、探し屋

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それほど狭くはなく、生活には十分のスペースがある。 しかし、床、壁、天井を覆う青いビニールシート。 その上に木造のボロ机が置いてあり、四つの椅子が用意されている。 部屋全体を覆うビニールシートは、新品同様の窓だけを避け、奥に見える階段をも包み込んでいた。 「死体の処理でもしてたの?」 ジェシーは彼と出会ってから、何度のため息をついただろうか。 そして、なぜ彼は普通にここで生活しているのか。 考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。 彼女は探し屋の腕前を聞いて、スペンサーという人物を調べてからここに来た。 彼がどういう人物で、なぜ探し屋をやっているのか、ジェシーは全て知っている。 闇にうごめく陰謀と戦い、英雄の称号を捨てた戦士。 彼の過去を知る者なら、尊厳を持って接することができるハズだ。 しかし、この現状。 調査とは違うギャップに、彼女はまだついてこれていない。 「あんた、スペンサー・ネックエールよね?」 「ああ、スペンサーでいい。よろしくな」 もう一度、同一人物の確認をとるが、彼はさらっと流すように答えた。 「嘘じゃないわよね?」 「なんでそんな嘘つくんだ?」 「あんたのことを調べてさせてもらったんだけど」 「俺を? ハッ、物好きな奴もいるもんだな」 「相棒の名は?」 「トニー・バストエールさ。ほら、そこにいる」 相棒の名は、彼女が調べた通りのものだ。 彼らは二人で探し屋を営んでいる、裏では有名なコンビだが、 「死んでるじゃん」 スペンサーが指差す方向は階段前。そこに倒れている長身の男がいた。 うつ伏せになり、手には小さな茶碗を持っている。 「死んでねぇよ」 「じゃあ、なんで倒れてんのよ? ちょっと待って……あたし、頭がおかしくなりそうだわ」 裏の世界では有名なコンビ。 その一人はスリで留置所、もう一人は餓死寸前。 ジェシーは目眩を感じ、再びため息をついた。
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