絶体絶命

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周りを見れば、満面の笑みを浮かべて歩き回る国民達。 貴族も多いこの国では、経済の巡りも早い。 明日にはこの城下町で年に一回のイベント、“鯨祭(げいさい)”が行われる。 十人の屈強な男達が、巨大な鯨(くじら)まるまる一頭を解体して見せる“解体ショー”など、盛り上がるイベントが満載。 出店やパレードもスケジュールに含まれており、町は一日中、凄まじい活気に包まれる。 鯨は、この国のシンボル。 城の天辺には巨大な鯨の彫刻が掲げられ、下に広がる町を見下ろしているほどだ。 ではなぜ解体するのか。 それは長い歴史の中で語られるストーリー。 「腹減った……」 しかし今は、彼の状態が心配だ。 明日の鯨祭のイベントの中に、無料でもらえる鯨料理がある。 その時まで耐えればいいのだが、視界がぼやける現状。 このまま明日まで生き延びるのは、不可能に近い。 彼が歩く道は、城へと続く一本道の商店街。 そこでのにぎわいを見ていると、だんだん怒りがこみあげてきた。 そして、それはすぐにピークまで達した。 不意に鋭い目付きを辺りに向け、舌打ちをする。 狙いは、前方から歩いてくる太った女性。 貴族なのか、派手な服に宝石をつけて笑いながら近づいてくる。 その女性とすれ違う寸前、彼は思い切った行動に出た。 「あ、悪い」 不自然に肩をぶつけ、アホ面ですぐに謝る。 女性は眉を動かして彼を見たが、またそのままどこかへ歩いて行った。 「フッ、ちょろいな」 次の瞬間、彼は財布の中身を確認していた。 ぶつかった女性から、一瞬の隙をついて奪ったのだ。 「ほほ~、持ってますなぁ」 中の金額を見て、独り言をつぶやきながら鼻の下を伸ばす。 これで彼は生き延びる手段を得た。 明日までどころか、一週間は贅沢できそうだ。 しかし、 「……ん?」 不意に後ろから肩を叩かれた。 何気なく振り向くと、満面の笑みを浮かべる中年の男性。 「マジで?」 その手にはバッジ。そして服装はこの国を取り締まる“警官”のもの。 「ちょっと来ようか」 「マジで?」 男に連れられ、彼は財布を握り締めて同じ言葉を繰り返した。
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