20130人が本棚に入れています
本棚に追加
/517ページ
周りを見れば、満面の笑みを浮かべて歩き回る国民達。
貴族も多いこの国では、経済の巡りも早い。
明日にはこの城下町で年に一回のイベント、“鯨祭(げいさい)”が行われる。
十人の屈強な男達が、巨大な鯨(くじら)まるまる一頭を解体して見せる“解体ショー”など、盛り上がるイベントが満載。
出店やパレードもスケジュールに含まれており、町は一日中、凄まじい活気に包まれる。
鯨は、この国のシンボル。
城の天辺には巨大な鯨の彫刻が掲げられ、下に広がる町を見下ろしているほどだ。
ではなぜ解体するのか。
それは長い歴史の中で語られるストーリー。
「腹減った……」
しかし今は、彼の状態が心配だ。
明日の鯨祭のイベントの中に、無料でもらえる鯨料理がある。
その時まで耐えればいいのだが、視界がぼやける現状。
このまま明日まで生き延びるのは、不可能に近い。
彼が歩く道は、城へと続く一本道の商店街。
そこでのにぎわいを見ていると、だんだん怒りがこみあげてきた。
そして、それはすぐにピークまで達した。
不意に鋭い目付きを辺りに向け、舌打ちをする。
狙いは、前方から歩いてくる太った女性。
貴族なのか、派手な服に宝石をつけて笑いながら近づいてくる。
その女性とすれ違う寸前、彼は思い切った行動に出た。
「あ、悪い」
不自然に肩をぶつけ、アホ面ですぐに謝る。
女性は眉を動かして彼を見たが、またそのままどこかへ歩いて行った。
「フッ、ちょろいな」
次の瞬間、彼は財布の中身を確認していた。
ぶつかった女性から、一瞬の隙をついて奪ったのだ。
「ほほ~、持ってますなぁ」
中の金額を見て、独り言をつぶやきながら鼻の下を伸ばす。
これで彼は生き延びる手段を得た。
明日までどころか、一週間は贅沢できそうだ。
しかし、
「……ん?」
不意に後ろから肩を叩かれた。
何気なく振り向くと、満面の笑みを浮かべる中年の男性。
「マジで?」
その手にはバッジ。そして服装はこの国を取り締まる“警官”のもの。
「ちょっと来ようか」
「マジで?」
男に連れられ、彼は財布を握り締めて同じ言葉を繰り返した。
最初のコメントを投稿しよう!