絶体絶命

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一時間後――― 「マジで?」 再び彼がつぶやく言葉は、狭い部屋の中で寂しく反響する。 次に鳴り響くのは空腹を知らせる腹の音。 握り締めている“鉄格子”からは、冷たく硬い感触が手に伝わる。 彼は留置所に入れられていた。 罪状はスリによる窃盗罪。それも、現行犯逮捕。 治安の良いこの国では、些細な犯罪でも檻に入れられるのが鉄則だ。 故に犯罪が少ないわけだが、空腹にかられた彼はとうとうやってしまった。 これから彼は、治安を守る“警察”から罪人を罰する“軍”へ引き渡されるだろう。 これが、この国のシステムなのだ。 「お~い」 冷たい鉄格子の中から、柵の前に立つ男を呼ぶ。 部屋の中には何もない。 灰色の床、壁、天井。 壁際には椅子が置いてあり、その上に窓(鉄格子付き)があるだけ。 「謝るから出してくれよ」 力の無い声でそう呼びかけるが、男の反応は冷たかった。 「黙って座ってろ」 「酷くねぇ?」 肩をすくめ、言われた彼は椅子に腰を下ろす。 だが、まだ諦めない。 「明日さ、鯨祭の日だろ?俺はあれを楽しみにしてたんだよね」 「知るか」 「年に一度のイベントだし、解体ショーの迫力はすげぇし、本当に楽しみなんだけど」 「うるさい。今年は諦めな」 「鯨の潮噴くとこってさ、鼻なんだろ?」 「どうでもいい」 「ま、俺は解体ショーよりパレードに出てくるペリカンが好きなんだよね」 「ペリカンじゃなくてペンギンだ。お前、嘘ついてるだろ?」 「チッ、しくじった……」 彼は同情を狙い、口からでまかせを言っていた。 鯨祭に参加したことなんかない。 ただ、ここから出たいだけだった。 しかしそれも、 「なぁ、一度でいいから参加したいんだって」 「言ってることめちゃくちゃだぞ」 見事に失敗したが。 ーーーーー
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