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トニーの頭上、遥か上空から落ちてきたそれは島の端に広がる浜辺から、おそらくは弧を描くような軌道を進んで彼の目の前に尻もちをついた。
そのままの勢いでうつ伏せに倒れ、辺りの黒い幹や緑の葉を水で濡らし、少し後から連れてきた木片を周囲にバラ撒く。
「痛ッ……な、何が起きたってんだ?」
眼前にある光景に唖然とし、棒立ちのトニーには気づかないまま、現れた男はうめき声に似たつぶやきを漏らす。
その顔には見覚えがあった。
「……ライス?」
脳裏に浮かんだ名をそのまま口に出し、まだ悶絶している“変装家”へ声をかける。
「トニー……か? ここで何してんだ?」
「それはこっちの台詞だぞ?」
唐突に姿を見せた仲間に、トニーは驚きの表情。
痛みに軋む体を動かして近づくと、びしょ濡れの髪を掻きむしりながらライスは立ち上がってきた。
「お前、ルックスランドに取り残されたんじゃなかったのかよ?」
彼の記憶が正しければ、スペンサーの交渉の末に目の前の男はこの島への同行を拒否された。
秘境を包む断末魔のせいで幻覚を見ている気分だが、どうやらそうでもないらしい。
「秘境ってのはこんなにうるさい場所なのか? 頭と耳がおかしくなりそうだ」
栗色の髪をした細身の青年の姿で、ライスは顔をしかめたまま乱れた服装を正す。
「こっそり船に潜入してたのか?」
トニーは続け様に質問を投げかけ、なるべく早く状況を整理したいようだ。
「いや、俺はあの国に残った後、金持ち客の船を奪ってお前さんらのあとを追ってきたのさ。島の座標は記憶してたからな」
スペンサーがスロットマシンの仕掛けを見抜いた時、彼もその現物に書かれた座標を見ていた。
それを決して忘れずに一人で船を奪い、この島へたどり着いた。
「しかし海で大渦に呑まれたと思ったら次の瞬間にここにいた。奇妙なこともあるもんだな、俺は死を覚悟したぞ」
「わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「そのつもりだったが、乗ってきた船がどこにあるかわからん。岸辺にあるといいんだが……」
ライスの登場により、トニーの顔に笑みが宿った。
この秘境からの脱出手段。
それを敵の策略ではぐれた仲間が、必死になって届けてくれたのだ。
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