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「おや。志だって近いのに、助け舟は出してやらないので?」
「あれは優しいが故に、どっちつかずの男だから困るんだよ。思想は我々に近いが、情は土方殿にある。」
「人が良すぎるのも考えものですね。あんなに周りに良くしておきながら、きっと誰からも助けては貰えませんよ。」
篠原が人の悪い顔でくつりと笑うと、「他人の不幸を笑うものではないよ」と苦々しい顔の伊東が言葉を制した。
篠原からすれば、愚か過ぎる善人に写る山南も、伊東から見れば酷く哀れな存在だった。芯があり、誰にでも胸襟を開いて話し掛ける様は、後十年もすれば必要とされるに違いないのだ。
それが、猫の話によれば、伊東よりも先に土方の手に掛かるというのだから、全く世の中どうかしている。今動かねば次代の覇者にはなれず、今動いたなら犬死だなんて…とんだ二者択一である。
「私も…手を打たねば。事は思いの外早く動いているようだ。猫とは暫しの別れ…かな。」
「上手く運べばまた梅と会う暇も出来ましょう。私も微力ながらお手伝いさせていただきますよ。」
「…頼むよ。」
薄明かりを灯した部屋は、僅かな話し声を絶やすことも、暗がる事もなく、結局そのまま寝ずの朝を迎えるのだった。
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