5)きっと、幸せな男。

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折坂梅は、京の花街に向かっていた。 目指すは、嶋原の明里天神。 重たい背負棚をがたがたと言わせて早足で歩こうとするが、行き先が行き先なだけに、言い様の無い抵抗感に阻まれてちっとも足が進まない。 「京都嶋原の明里天神」と言えば、新撰組総長山南敬助の好い人であると、誰もが知っている。勿論、それは梅の世界での話であって、此方の世の人の預り知る所ではないのだが。 時節はもうすぐ十一月へ入ろうかという頃合いだ。盆地特有の寒さに身をすくませる梅は、何処かどんよりと重い空気を纏って、とぼとぼと道を行く。 周囲の町並みも、世相を写したのか何処か重苦しい。町の灯りはぽつぽつとして、道端で話に花を咲かせる様な人もいない。まるで、これから訪れる激動の瞬間に備えるかの様だ。 お陰で、梅が一人暗い顔で歩いた所で、気に止める様な人はいないし、さして問題にもならない。 あと一月もすれば、山南敬助は役職を失い、三月も経てば、切腹する運命である。梅はそれを知りながら、素知らぬ顔で明里に会いに行く。
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